The movement of life: Their eyes!



今回はビスクドールの目についてです。
大きく三つのタイプについて述べていますが、実は全てを「グラスアイ」と一括りすることも可能です。


* 初期エナメルアイ:スパイラル(放射状に伸びた)虹彩、ヒューマンアイほどの奥行きはありませんが、虹彩はくっきりと太めでインパクトは大きく初期ビスクの威厳に満ちています。

* ヒューマン(ペーパーウェイト)アイ:虹彩を細かく複雑に散らし、更にクリスタルドームを被せることで奥行きを出し(レンズの役割)、よりリアリスティックな外観を呈したドールアイ。虹彩、瞳孔部分はエナメルタイプ同様エナメルを使用していますので、ヒューマンアイはエナメルアイの改良型とも云えます。1879年ヒューマンアイ登場後にも引き続き虹彩の真っ直ぐなスパイラルタイプは生産されましたが、クリスタルドームを被せることでぐんと奥行きが出ているのと、虹彩は細く繊細になっており、初期のエナメルアイとは区別が必要です。

* グラスアイ(吹きガラス):文字通りの眼球の形をした中が空洞の吹きガラスによるアイ。スリープ機能に最適。1900年以降フランス(SFBJ)でも主流となります。


ヒューマンアイ(ペーパーウェイトアイ)はフランスのドールアイ製造社 Guepratte (ゲプラット社)とジュモウ社のコラボレーションから生まれます。
他にもグラスアイメーカーは幾つかあり、ブリュやゴーチェは明らかにジュモウ社とは異なった工房のものを使用しております。 ゲプラット社が恐らくはヒューマンアイの発案社であり、他のガラス工房が後を追ったもののようです。また、余談となりますが、ゲプラット社は後にジュモウ社から分裂したダネル社にグラスアイを提供し、ダネルと共にジュモウから訴えられ敗訴しています。

1879年、エミール・ジュモウのアドに「"human eyes"-ヒューマン・アイ」という呼称が初めて登場します。
但し、はじめヒューマンアイは大きなサイズのドールヘッドのみに適用され、すぐにスパイラル・タイプが廃止されたわけではありません。
大変細かで技術の要る作業だった為、小さなドールアイ製造が難しかったようで、1884年(一部1886年の説有り)に至るまで8号(一部7号の説あり)以下のサイズの子たちにはヒューマンタイプでなく、スパイラル型虹彩のアイがはめられました。ちょうどその過渡期の人形がEJモールドであり、小さめの子にはスパイラル、大きめの子にはヒューマンアイが起用されました。 1884年になってはじめて、-特注の場合を例外とし- ヒューマンアイのみが適用されるようになります。しかし、スパイラルアイの在庫があったためか、オールヒューマンアイに完全統一されるのは1885年(一部1886年の説有り)のことです。

またヒューマンアイの登場にあたり、アイソケットにも変化が生まれます。外界に大きく突出する張り出し部分に形がマッチするよう、アイカットの形も微妙な変化を遂げています。 よって、以前から使われていた張り出しの少ないスパイラルアイをはめた場合、微妙なミスマッチが生じますが、それも気にするほどのことではなく、石膏がオリジナルである限り、工房のオリジナルセットです。


テートモールド(1886年〜)の瞳にはスパイラルタイプのものが使用されている場合がありますが、明らかに初期のスパイラルとは印象が違い、虹彩はぐんと細く繊細になっており、もちろん張り出しも大きいものです。小さいサイズのテートに、ヒューマンタイプ登場後の、「改良型」スパイラルアイを持っている子が多いようです。

ちなみにCarrier-Belleuse モールド(所謂トリステ)の場合、1879年製造、まだ小さいサイズはスパイラルの虹彩のみが採用されていた時期であり、このモールドに対する並々ならぬエミール・ジュモウのこだわりから、ヒューマンアイのみを適用できるよう、大きなサイズのみが存在するのではないか、とジュモウブックに的を得た推理が掲載されております。

以上、大まかなジュモウ社のペーパーウェイトアイの歴史ですが、資料はあくまで資料、その時々により、モールドやアイの在庫を使うこともあったろうと思います。 100パーセント「こうであった!」というわけでは決してありません。上に書いたことと年代が合致しない子も当然存在するものと思います。大まかな経緯だけご理解いただければと思います。



ヒューマンアイとエナメルグラスアイとの違いは大まかにこの3点です。:
複雑に交錯した虹彩
瞳孔を更に奥に置くことで深みを出した
瞳孔、虹彩の表面をクリスタルガラスのドームで覆った

アイは訓練を積んだ専門の女工さん数名が暗室で一つ一つ手作りしました。
ブロートーチを用い、黒のエナメルを溶かし垂らして瞳孔を作ります。 次に細い細い糸状の白(茶目の場合は黒)エナメルの端を素早く溶かしながら、火の中に入れ、また取り出しては、形を整え、複雑な虹彩を形成します。
瞳孔と虹彩部分が完成したら次に白眼部分の台座を作ります(眼球部分と製作順番が逆である記述もありますが)。
台座の両端を引っ張り不要な突端部分はカットし、オバルの型を整えます。 真ん中には特別のツールで丸く穴を明け、瞳孔と虹彩の色つき部分を嵌め込みます。全てガラスが溶けている間に素早く行わねばなりません。
次に、透明なクリスタルガラスを溶かし、一滴眼球に垂らします。これを結晶化と呼び、この最後の仕上げにより、レンズ効果が生じ、奥行きと深みがでます。
ある程度冷ました後、最後の仕上げに釜で数時間焼き硬度を高めます。


1880年代のこと、当然設備も原始的で職業病や後遺症などという観念も希薄だったものと思いますが、アイ作りをしていた女工さんは後に、殆ど視力を失うか、完全に失明してしまうことが多々あったそうです。大変な仕事です。大変な犠牲を払いながら、お人形の目は今でも光り輝いているのですね。
道理で、と云っては語弊がありますが、現代の技術を以ってしても完全な再現が不可能なはずです。現在イギリスやドイツのメーカーで大変綺麗な美しいペーパーウェイトアイが作られていますが、ビスクの肌質同様、目も完全なコピーは未だ不可能のようです。

ちなみに”ペーパーウェイト”という呼称は、視覚的にまた構造がガラスの文鎮(ペーパーウェイト)に酷似していることから、後年生まれたものです。 19世紀当時は「ヒューマン・アイ」とのみ呼び習わされていました。






エナメル(enamel): 金属板などに粉末ガラスを焼き付け、装飾したもの。ガラス粉末と金属粉末を混ぜた釉薬を、金属板にのせて加熱する。その色彩は、釉薬にどんな金属粉末を混ぜるかで決まる。

Crystal Glass: クリスタルガラスは密度が高く屈折率が高い、水晶の結晶のような独特の輝きを発する鉛ガラスのこと。
(出典:wikipedia)





China Fashion

Jumeau Fashion

Jumeau Fashion

Bru Fashion

JumeauTriste

Jumeau Portrait model

Jumeau Tete

Jumeau Tete

Bru Teteur

Bru Circle Dot

Bru Brevete

FG

FG

Steiner Gigoteur

Steiner A

German Belton type

German S&H






さて、吹きガラスでできたスリープアイについてですが、やはり瞳孔や虹彩の部分はエナメルで色づけし、その上に薄いガラスのドームを被せ、吹きガラスで作ったアイボールと合体させています。
以前に掲示板でご質問いただいたのはその頃の吹きガラスによる、でも、ヒューマンアイのように深みのある目についてです。

話が前後しますが、ヒューマンアイの生まれたのはフランスですが、ドイツの1880年代のドールメーカーもすぐに後を追い、深みのある美しいペーパーウェイトアイを作っています。これらはまた明らかにフランスのものとは違い、初期のケストナー、シモン&ハルビックはじめ各工房で独自の素晴らしいオリジナルのヒューマンアイが使われています。
特にベルトンタイプ、又はSonnenberg-type と呼ばれる人形たちの目は、工夫も様々で虹彩の形状なども個性が際立ったものが多く見飽きません。

吹きガラス(以下グラスアイ)に話を戻します。
1880年代から1890年代初頭にかけてのドイツのガラスアイには試行錯誤の跡が明瞭で、スリープアイ機能を失うことなく、ペーパーウェイトの深みを出そうと、工夫が凝らされています。
例えばこの目、吹きガラスに見えますでしょうか→
「見えない」と云っていただかないと話が進まなくなってしまうのですが(^^;)、見えませんよね?
この目は、やはりドイツの老舗工房ABGのクローズドマウスの子のスリープグラスアイです。
真横からの画像です→
さすがにペーパーウェイトほどではないものの、十分な深みが確認されます。後年のものと比較すると更に違いが明らかです。
20世紀に入ってからの一般的ドイツのグラスアイ形状→

このように、製造期間は本当に短い間だったと思いますが、当初、ペーパーウェイトの深みを保ちながら、スリープ機能を維持させようと試みた努力がありありと窺えます。 吹きガラスの台座に、クリスタルガラスまたはそれに近い品質のガラスのドームを被せています。でも、おそらく手間とコストがかかったのでしょう。やがて、上の画像のような、張り出しの無い純球形に近い形が一般化していきます。
瞳孔と虹彩を奥に据えるこだわりを断念し、表面を薄いガラスで覆うのみの簡素化を図ります。人形メーカーが増え、競争が激しくなりつつあったため、コストダウン、生産率を上げる為、そして何よりも危険な作業であったため、方向転換は止む負えないことだったろうと思います。


↑この画像は同じブルーグラスアイの正面と横です。推定製造年代は1890年後半から1910年頃。横から見ると完全な球状ではなく、微妙な張り出しがあるのが分かります。上のグレーのアイは最後期の極端な例です。


ただ、簡素化とはいえ、全て手作りであったことに変わりはありませんし、メーカーにより、驚くほど澄んだ印象の、綺麗なグラスアイを持つ子は沢山おります。やはりペーパーウェイトアイ同様、同じ「ブルー」の瞳でも、工房によって見比べれば、微妙な違い、興味深い発見が沢山あります。

更に忘れてはならないのがSFBJのジュエルアイです。20世紀に入ってスリープアイが一般的であった中、敢えて固定のジュエルアイをキャラクタードールに使用したのは、19世紀のこだわりに回帰したものと思われます。










スリープグラスアイいろいろ(茶目は虹彩撮影が難しいため、ブルーだけのサンプルで申し訳ありません)

kestner

K&R

S&H

SFBJ

AM







中途半端で終わりそうですが、最後にスタイナーのワイヤアイについて少しだけ言及させていただきます。

1885年には陶磁器による、1890年代には吹きガラスによるワイヤアイを開発しています。このアイの特徴は、クリスタルドームが白目部分より上に突出しないよう、瞳孔と虹彩を通常よりも更に奥に埋めこみ、ドームはちょうど白目の位置まで被せ、ペーパーウェイト同様の深みはそのままにスリープできることです。また、人形が立ったままで容易に目の開閉ができることです。

また機会がありましたら、スタイナードールについてもう少し詳しく記してみたいと思います。


これでとりあえず、ビスクドールの目についてを終わらせていただきます。

目は常にアンティークドールを選ぶにあたっての重要な、重大な要素の一つですが、最終的には人形の表情、全体のバランスが第一なのではないかというのが私見です。






−参考文献 −
これらの本に依る資料なくしてこのページの製作は不可能でした。
どれも資料として又写真集として大変優れたものばかりです。
作者が同じ本でも年代や引用資料に細かい年代等微妙な差異があるものの、概要は一致しております。
アマゾンなどで検索される場合にはISBN番号をコピーしてお使いください。
(但し、アマゾンJPでは入手できない本もあるようです)

The Jumeau Book
By Francois Theimer and Florence Theriault
ISBN: 0-912823-41-0

The Encyclopedia of French Dolls
Volume 1 A-K
By Francois & Danielle Theimer
ISBN: 1-931503-16-8

The Encyclopedia of French Dolls
Volume 2 L-Z
By Francois & Danielle Theimer
ISBN: 1-931503-17-6

The Dolls of Jules Nicolas Steiner
By Dorothy A.McGonagle
ISBN: 0-87588-312-5

Fabulous French Bebes
By Mildred Seeley
ISBN: 0-916809-56-0

S.F.B.J.
By Ann Marie and Jacques Porot
and Francois Theimer
ISBN: 0-87588-279-X














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