ニューヨーク阿房列車 〜べべ・マリーを訪ねて〜






『阿房というのは、人の思わくに調子を合わせてそう云うだけの話で、自分で勿論阿房だなどと考えてはいない。用事がなければどこへも行ってはいけないと云うわけはない。なんにも用事がないけれど、汽車に乗って大阪へ行って来ようと思う。』
上は内田百闥『特別阿房列車』随筆冒頭です。
2007年7月初め、久々のNew York Cityへ電車にての日帰り旅行です。
NYへは用事があって行きましたので、厳密には阿房列車ではありませんが、気分だけでも「阿房列車」を楽しみたいと思いながら出発です。
わたしの住む町は、コネチカットの中心よりも少し上。そこからまずは車で駅のあるNew Havenへ。ニュー・ヘイブンはコネチカット第二の都市。ニューヨークへも近く、東京でいえば首都圏内です。

ニュー・ヘイブンといえば、サリンジャーの"Franny and Zooey"のフラニーのほう、冒頭で彼女が降り立つ駅はユニオン・ステーションだとばかり、いつの間にか勝手に思い込んでいたのですが、実はボストンでした。それというのも、New Havenにはイェール大学があります。フラニーがハーバードとイェールの伝統的フットボールの一戦"The Game"のある日に、フラニーのボーイフレンドがプラットフォームで彼女の乗った汽車の到着を待つところからストーリーが始まるのです。 その後よく調べてみましたらこの伝統試合はボストンとニュー・ヘイブンと隔年開催であることが判明。なるほどそうでしたか。
ついでながら、わたしはサリンジャーの"Franny and Zooey"も含めてグラス家シリーズが好きです。ファナティックなファンが多いサリンジャーです。60年代以降「時計じかけのオレンジ」と共にサブカルチャーへの影響は計り知れません。
前置きが長すぎます。

わたしたちが乗る電車はメトロ・ノースというNYCへの通勤電車。日曜でしたのでガラガラです。
内田百閧フ「阿房列車」シリーズを読んでいると無性に電車(汽車は叶いません)に乗りたくなります。 日本へ帰った時に乗ったのは成田エクスプレスと新幹線のみ。とてもローカル電車ののんびりとした醍醐味は味わえません。何しろ百閧フ阿房列車は全て昭和20年代後半から30年代初めです。蒸気機関車と電気機関車が共存していた時代。今では異次元空間のようなものです。

ニュー・ヘイブンからはAmtrakでもニューヨーク、ボストンへ行けます。但しNYでの停車駅はペン・ステーション。グランドセントラルでないのが少し寂しいです。乗り心地はメトロ・ノースよりもよかったように記憶していますが、阿房列車では電車は古いほど赴きがあり好ましいようです。

そしてこの、今回のメトロ・ノースですが。ニュー・ヘイブンが始発ですので、他の人たちとのんびりプラットフォームで電車の入ってくるのを待ちました。日本のように乗車口などのサインはありませんので並んで待つということはありません。電車がゆっくりゆっくり停まってからおもむろに乗車口に向かいます。
待つこと数分。大儀そうに電車が入ってきます。 進行方向窓際の席を悠悠と確保。発車前、車掌さんが何か叫びながら通路を渡って来ます。その後乗客たちが幾人か席を立ち車両前部へ移動していきます。 何かと思ったら、「ここから後部車両は全てクーラーが壊れて動かないですよー。冷房車は前二両だけですよー」とお知らせして廻っているのでした。 外は気温25度ほど。車内も爽気・快適で冷房が必要なほどではありません。そのまま居座ることにしました。これが30度を超える蒸し暑い日だったとしたら、それはまた別の話です。
初めからこののんびりぶりに、「これなら百閧フ乗った電車(や汽車)に近い味わいがあるかもしれない」と思うのでした。
ぷわ〜んとのんびり一声。日本のようにジリジリと大きな音で最終乗車を促すわけでもありません。ごとごとゴトゴト・・・静かに走り出しました。・・・揺れます・・・この揺れ具合には子供時代を思わせる懐かしさがあります。レールと枕木から伝わる振動を座席に感じます。車内も暗く、どうもこの電車は196、70年代から走っている功労車ではないかと思われます。アメリカで昔の日本を感じることも実はそう難しいことではないのかもしれません。
停車駅は10も無かったと思います。私の座席は海側。ヨットの沢山並んだ綺麗な海を見ましたが、残念、写真が間に合いませんでした。すいません。本当はエドワード・ホッパーの絵に出てくるようなおうちの並ぶ景色を期待していたのですが、そんなものはありません。反対側だったらまだチャンスがあったのかもしれませんが、帰りは真っ暗で何も見えませんでした。これまた残念。次は反対側に座ろうと思います。
所要時間約1時間45分。新幹線ならその半分以下で到着するのではないかと思われるのんびり速度。まだかまだかと時計を見始めた頃マンハッタンのビル郡が遠くに見え始めました。そしてそれも束の間、ぐんぐん地下のトンネルへ這入っていきます。
さあ、グランドセントラル・ステーションです。  

         




駅構内です。1860年代建造。ビスクドールよりも古いです(但し現在の駅舎は1913年に改装・修復)。
この駅だけでもニューヨークに来た、という雰囲気がたっぷりで、色々ご紹介したいのですが、
すっかり興奮していたのと、待ち合わせに遅れそうだったのでろくな写真がありません。
もうMOMAへ話しを進めます。





今回MOMAに立ち寄れたのは全くの偶然です。限られた時間しかなかったので、無理だろうと思っていました。
でも、もしかして、という気持ちもあり、カメラを持参して本当によかったです。
たまたま用事のあったホテルがMOMAの斜め向かいだったのです。どうせ行くならタクシーでと思っていたので、MOMAと
待ち合わせのホテルとの距離感を知ろうとも思っていなかったのです。ホテル到着後、少し時間が空いて「MOMAならすぐそこよ」、
と云われた時には鳥肌が立つ思いでした。
見学時間は僅か45分と限られていましたが、観光客で込み合う日曜の美術館を走り抜けてマリーを探しました。

4階だったか5階だったか・・・ワイエスの"Christina's World" (1948)の前を通り抜け、右に角を曲がったところで彼女は忽然と姿を現しました。


一つの vitrine、ガラスケースに並んでいたのは、
フリーダ・カーロ "Self-Portrait with Cropped Hair"(1958)、
ハンス・ベルメール "The Doll" (1935-37)、
アンドレ・ブルトン "Poem-Object"(1941)、
そしてジョゼフ・コーネルが2ピース "Untitled (Dieppe)"(1958)と、Untitled (Bebe Marie) (early 1940s)。
この空間だけでも飽かずに一日中ずっと見ていられそうです。



正直、これほどのものとは思ってもみませんでした。最初の感想は 「写真と全然別物」。
とはいえ、わたしの撮影した写真は反射が著しく更に遺憾なのですが、ご容赦ください。
でもどっちにしても無理です無理です。どんな写真でも実物から受ける圧倒的な何かは感じられないだろうと思います。
実物のマリーはジュモウの人形であるのに、ジュモウというブランド名さえが取るに足らないことのようで、コーネルの存在に圧倒され消え失せていました。
時の流れを意に介さない、独自の時間の中で空間を見つめ、完全なコーネルの「永遠の所有物」であると思いました。
少なくともわたしは、マリーの中にコーネルの存在を痛いほど感じました。
今では誰も触れることの出来ない、とてもとても遠いところに彼女は居ました。何かを必死に見つめているようで、実は何も見ることを望んでいないような。
あまりにも高貴で、まるで写真に撮られるのを拒んでいるかのようでした。


これがクロースアップの精一杯です。ペイントの飛沫がお顔にも目にも散っているのがお分かりいただけるでしょうか。
小枝と同じにキラキラと神秘的に光っていました。








コーネルはとても内気な人だったそうで、生涯独身でしたが、ローレン・バコールやグレタ・ガルボなど、現実には手に届かない、高嶺の花的女性に淡い恋心を寄せていたと云われます。晩年は特に隠遁癖が高じ、ニューヨーク州を離れることが殆どなかったそうです。
そういう意味ではマリーも決して手の届かない永遠の少女的存在だったのではないでしょうか。だからこそ、殆ど宗教像のような無垢で孤高の「誰も近づけない」印象が伴うのかもしれません。







コーネルのアッサンブラージュは殆どが架空の少女や敬愛する女優、バレリーナへのイマジナリー・プレゼントとして作成されたと聞きます。
これらの箱群は実際に触って遊んでもらえるように作られています。アートというのは二次的目的だったようです。
同時にコーネルは、嘗て誰かが大切にしていたもの、でももう誰も振り向きもしないようなオブジェクト(悪くいえばがらくた)を古本屋、古道具屋などで探し、
それらの「過去の遺物」を箱に閉じ込めておくことを好んだようです。
べべ・マリーは、少女への贈物ともとれますが、実は憧れの少女をそのまま箱に閉じ込め(てしまっ)たアッサンブラージュとして大変興味深い存在ではないでしょうか。

「鬼火」の主人公に似た過去への郷愁、執着を表す感情ですが、コーネルはそれをオブジェクトで固形化させました。
時の流れに対するささやかな、でも偉大な抗戦です。






















さて、他の展示品ですが・・・すっかりべべ・マリーの虜となってしまったのと、タイムリミットのせいで殆ど何も見ておりません。
MOMAにはゴッホの「星月夜」やダリの「記憶の固執」があるのですが・・・
それでもピカソやRothko(好きなのです)、ポップ・アートはチラチラ見てきました。
所蔵約15万点のMOMA。べべ・マリーが常設展示されているのかどうか不明ですが、僅かな時間の間に出会えたこと、とても幸運でした。また会いに行こう、と誓いました。



























これで阿房列車ニューヨークを終わります。 お粗末様です。
写真は帰る直前、グランド・セントラル・ステーションの向かいの通りから写したクライスラー・ビルディングです。 2007年現在、ニューヨークでエンパイア・ステート・ビルディングに次ぐ高さを誇ります。
帰りのメトロ・ノースは9時7分発。この時期ニューヨークは9時になっても明るいのです。
夜12時には無事おうちに着きました。

最後になりますが、マリーの号数は7か8くらいでした。無意味な補足ですね。

後記:2007年7月現在、Bebe Marieは5階、ギャラリー12に展示されています







べべ・マリーについては以前 Read it in Books に『コーネルの箱』として紹介しております。
Dedicated to: 本の存在を教えてくださったけろたさんと、MOMAのコレクション蔵本をご紹介くださった塚人さんに。





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